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スピリチュアリティーについて

 僕のワークを受けていたある女性が、こう言っていた。「あそこに2つの存在が、立ってるわ。」「あなたを助けてくれているみたい。」そうなのか。僕は一人でワークしているわけではないのか。。そうすると心強いな。
 師匠はこう言っていた。「私には、ガードしてくれるがっちりとしたとーっても背の高い大きな天使がついていてくれるよ。今度呼んで感じさせてあげよう。ものすごい威圧感だから(笑 (彼)は、私がワークしている間に、外からの悪い影響が入ってこないように、ああしてあそこに立っていて部屋を守ってくれているんだ。」

K:「ああしてって、見えるんですか?」

師:「うーん、ちょっと違う。感じて、分かる感じかな。はっはっはっ。」

K:「はあ。。」

 こんなやりとりがある。最近は、僕のエネルギーが、目に見えないものに、再び興味を示し始めている。

 でもここで、ちょっとスピリチュアリティーについて書いてみたい。僕はあまりこのブログではスピリチュアル的なことには触れていない。スピリチュアルを勘違いする人が多いからだ。

 「スピリチュアル=天使や高次元の存在と話すことができたり、オーラが見えたりする。過去生が分かったりする。」

 そう考える人達が多い。でもそれは大きく違う。僕はスピリチュアリティーについて定義するつもりはないけど、スピリチュアルに生きるとは、

 「周りの自然や人々と、上手くバランスを取りながら生活し、自分とは何か、を思い出していて、絶えず自分を磨いている生き方」をいうのだと思う。

 もちろん、上の両方を持っている人もいて、そんな人にはとても魅力を感じる。

 僕は、スピリチュアル的なものを追い続けてきた。かつては、見えない存在と話すことができる人達のことを、スピリチュアルだと思っていた。でもスピリチュアリティーは、人々の日常生活の中にあるものだと気づいた。今は、日常にスピリチュアルなものを見るようになった。そして、そういうスピリチュアルな人と話すと、今はその人だとすぐに分かる。

 スピリチュアルな生活、人々に会うために、アメリカのボルダーという土地に辿り着いた。それでも今いったような、スピリチュアルな人は、この特殊な地と呼ばれるボルダーでさえ、極めて少数な部類に入るのだと実感することになった。それでも、そんな人と会う機会が、日本にいたときと比べて、圧倒的に多いのも確か。だからこの街はおもしろい。

 逆に、周りの人が僕のことを「スピリチュアルな人」だと思っていると時々聞く。何ともおかしな話だ。でも今ならそれも理解できるようになってきた。

 今はもう昔のように、他人がもっている特殊な能力だけを見てスピリチュアルだと思わなくなった。それをうらやましがることもなくなった。興味はあるが、そんな人にどうしても会ってセッションを受けたい、と思うことはない。時が来れば、会うべき人に会えるのだから。そして、実はその特殊な能力は、誰の中にも宿ることを知っている。

 他人をうらやましがらず、他人の持っているものから得るものに、何も期待しない。自分がここに在ることに、幸せが漂う。何て穏やかで平和なんだろう。そしてそこからすべてが始まる。

 日常的にスピリチュアルな生き方をするときに、自然に特殊能力が開花し始めることもあるだろう。それは、自分を知るという延長上にあるものだからだ。僕は、直感から感じるものには敏感なのだけれど、見ることに関しては得意ではない。一番最初に書いた会話が、今の僕を象徴する。そうして、楽しみながら日々学んでいる。

 
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2006.10.08 12:10 | 経験からのお話 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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