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東洋医学と西洋医学、そして新たな時代へ

 東洋医学と聞くと、漢方、針、灸、指圧など。そして西洋医学ときくと手術や薬物療法、リハビリテーションなどが思い浮かぶと思います。今日は東洋医学と西洋医学の違いについて書いてみようと思います。そして、これからあるべく両者融合、昇華の形態について書いてみます。長編です。あしからず。
 さて、今ではすっかり西洋医学が中心の日本ですが、時代を遡って何時西洋の医学が日本に入ってきたのかを思い出してみましょう。

 日本の西洋医学導入の背景として明治維新は革命的でした。明治維新では西洋の科学のすごさに感服し、そのあらゆる技術の導入を急いだのでした。この期間を経なかったら日本もその他のアジアの国々と共に欧米諸国に植民地化されてしまったにちがいありません。

 ですから日本が独立した国を保つためには、この過程は必要だったとも言えます。そして医療も同じ道を辿りました。明治の医療制度の改変に伴い、新たに導入された西洋医学は、その後日本でも最も主流な医療になっていきます。西洋医学の導入は江戸時代、解体新書(オランダ版の翻訳名)から始まりました。杉田玄白等が明和8(1771)年、刑死体の腑分けを実見し、その際携えていったこの書の解剖図の正確さに驚嘆したことに端を発します。そして次々に欧米の書物が翻訳、技術が導入されていきました。明治維新後は翻訳と技術の導入がさらに急速に加速されていきます。

 こうして西洋の医学が急速に輸入されていったわけなのですが、正確さが幸か不幸かその普及に寄与します。東洋の医学ではこういった正確な解剖図は存在しません。東洋医学で、歴史を経て完成されたその図解は、実物の人体図とは異なるものです。 東洋の医学図は気、エネルギーの流れから先人達がその効力を図式化したものでした。記述されたそれが、実際の器官と正確な位置を表していなくてもそれは当然といえます。なぜなら解剖ではなくて、経験と知恵が積み重ねられて作られたものだからです。ですから、そもそも西洋医学と東洋医学を同じ尺度で比べる事自体不可能なのです。しかし、東洋の医学は科学的な実証を持ちませんでしたから、西洋の医学を目の当たりにしてからは軽視されるようにさえなっていったのです。

 西洋医学の観念を単純化するとこうなります。“悪いところを体から切り離して取って、病気を治す”というものです。これはとても短絡的な視点にもなりえます。実際アメリカでは多くの人たちがこの視点から医学を見ています。病気になった原因を自分の生活習慣云々とは関係なく、とにかく悪くなったら切り離して悪い部分を取り除けさえすればよい、なくせればよい、と思っている人たちが意外と多いことに驚かされます。

 西洋医学を癌という病気を使って簡単に解説してみましょう。癌の主な治療方法は3つ。手術、薬物療法、そして放射線療法です。手術は癌細胞を取り除くというもの。薬物療法は化学作用によってガン細胞を攻撃し弱らせるもの。これは副作用を伴います。放射線は癌の部分を焼いてしまうというものです。どれもガン細胞部分を除去することを考えています。局所的に効くものを科学的研究の成果によって集めています。長所は短時間、即効性、効果が見えることなどがあります。しかし、体全体にダメージを与えることになるので副作用も大きいです。

 例をもう少し出してみましょうか。例えば整形外科。肥満でダイエットなど成功せず、どうしようもなくその自分が嫌いな人がいるとしましょう。脂肪を手術で取り除くことが西洋医学の概念。インクで体に脂肪を除去する場所を囲って、実際その部分を除去します。あるいは自分の嫌いな部分を手術によって矯正してシリコンなどを埋め込むなど。アメリカのテレビ番組ではその過程を番組で放送していますが、かなり視聴率は良いようです。個人的には受け付けられないのですけどね。ダイエットや肥満の番組はいつでもテレビで見ることができます。

 他には目の手術、視力矯正のレーシックもそう。僕も受けましたが目のカーブを計算し、光の屈折が適切になるように、一部目の組織をレーザーで焼いて除去します。効果は絶大で即効性があります。僕の目は両目0.06から1.5くらいまで回復しました。切除するという西洋医学の特徴を顕しているといえるでしょう。

 それに対して東洋医学を考えてみましょう。身体には経絡と呼ばれるいくつものエネルギーの流れがあるといわれています。そして東洋医学で考える健康の概念は、経絡にエネルギーがとどこおりなくながれ、六臓六腑が正しい機能すること。逆に、このエネルギーの流れと六臓六腑の機能に何らかの異常があれば、健康状態は保たれず、病気になってしまうというものです。そのネガティブなエネルギーを邪気と呼びます。

 例えば、癌を東洋医学で克服しようとすると、漢方、針、指圧、そして気功などの治療方法があります。どれも身体の内側からその病の根本を治療することを目的とします。身体に走るエネルギーの流れを妨げているブロックを除去し、本来身体に備わっている自然治癒力を最大限発揮させることによって、病気の元である癌を治癒します。これは効き目がすぐにでて、即効病気が治るという類のものではありません。持続して続ける必要があります。

 漢方はその効き目は処方する人の腕にもかかってきます。間違って処方されるととても危険です。そして針。これはブロックされていたエネルギーの流れをスムーズにすることで細胞を活性化させ、また体の体液の流れを活発にさせ、体のガン細胞に対する抵抗力を増大させます。抗体も増えます。指圧もこの類に入ると考えます。しかし、これも持続してやり続けることが大事です。気功は目に見えませんが、効果は患者の心や体が、気やエネルギーそのもの、またはその概念に対しオープンであることが大切で、効果は人それぞれです。

 これらの療法での長所は副作用がなく体に優しいこと。病気を元から治療すること。短所は時間がかかり、効果が分かりにくいことなどがあげられます。また“悪い部分そのものを体の一部から切り離すのではなく、それも体の一部としてみなす”ため、自分の何が原因を作ったかを知らなければなりません。自分の生活習慣や食事、環境を根底から見直すことを余儀なくされます。それは患者にとっては自分を見つめ直すきっかけにもつながるものであると思います。癌の部分を自分と別のものとして区別し、除去することで病気を治す西洋医学とは相対的な概念になります。また、元来東洋医学は、病気になる前に病気になる原因を作らないことを掲げます。これはどう良く生きるか、という生き方の概念にもつながります。

 僕はどちらかというと東洋医学を好みます。体に優しいですから。それに病気の原因は肉体的であれ、心理的であれ自分に原因がある、という考えにも賛成です。病気は自分への警告、そしてそれを見つめ直すきっかけを与えてくれるものなのかもしれません。しかし、一方では遺伝による病気や、物理的に手術が必要なとき、風邪などで一時的に症状を緩和したいときなど、西洋医学に頼らざるを得ない場合も多々あります。そういった場合は西洋医学による処方が必要不可欠になるでしょう。僕も目の視力矯正や歯の治療、風邪でどうしようもなくしんどいときなど、その謝恩を受けていますから、時にその効果は絶大だということを実感しています。

 次に西洋医学と東洋医学の、心と身体のとらえ方について両者を比較して見ましょう。従来の西洋医学では体の問題は体から、精神の問題は精神から、と区別します。体のケアは医者や薬剤、心のケアは精神科医やカウンセラーへ。カウンセリングがアメリカでは普及しているのもうなずけますよね。しかし、元来身体と心は区別できるものではありません。身体不調の原因は必ずといって良いほど心の問題とつながっています。ですから身体が悪くなったから医者へ、精神が病んでいるので精神科医かカウンセラーへ、というのは理想的ではないと思います。

 一方で東洋、特に日本はというと、もともと文化的に体と心を別々に考える土台がありません。一番簡素な例を挙げると“病は気から”という概念が昔から無意識的、そして一般的に人々の間で知られていることで分かります。しかし明治維新後、西洋の技術、医学を輸入した日本は自らがもっていた東洋的思考を脇へ置いてしまっています。 

 例えば近頃、早急に現代社会では心のケアが必要だ、と政府も言い始め、カウンセリングの普及を学校などで急いでいます。アメリカではこういうことが20年前に起こっています。これは日本がいかに西洋化してきたか、西洋の後を追従しているか、という裏返しにもみることができます。経済社会中心の日本では、人々が選択の余地なく休む時間も削って働き、身体を休める暇もありません。そして最近ワーカーや学生、子供達が精神的な問題をたくさんもちはじめたから心のケアが大切だ、と言ってみたところで問題の根本的な解決にはならないでしょう。

 人に優しいシステムがあり、身体と心のバランスがとれて始めて健康な社会が生まれるのだと思います。そしてそのバランスを、ゆとりをもって考えられるような社会的背景がとても重要だと感じます。昔は仏教や禅の教えが日常生活と結びついて、体にやさしい生活、良く生きることが日々の中で自然になされていたのでしょう。

 今の日本の社会の中で心身ともに健全にいることは非常にたいへんな努力を要すると思います。もともと日本はバランスのとれた見方を文化的に持っているはずなのですけれど。もしももう一度心と体を一つに見なす動きがでてくると、日本人は素直にそれを受け入れることができる文化的素地を持っていると私は考えます。 

 ここまで西洋医学と東洋医学を比較してきましたが、近年ではこれらを統合する動きが出てきました。臓器や細胞などといった部分に焦点を当て、人間を全体的にみることを忘れてしまった西洋医学に対する反省から、1960年代から徐々に西洋では個人の肉体面、精神面、そしてスピリットを一つの全体として見なそう、という動きが出てきました。これが近頃注目されつつあるホリスティック医療です。ホリスティック『Holistic』 とは、ギリシャ語の「holos」(全体)が語源となっていて主な意味としては「全体的」「全体論的」「つながり」「バランス」などと訳されています。

 これは、病気は何らかの働きかけによって、患者自身の自然治癒力が活発になり癒されるものであるという、全体論的な考えに基づく医学思想です。もともと東洋医学はこの概念を包括していますが、一旦それが西洋に渡って理論化された後、もう一度逆輸入されているイメージがあります。日本人は西洋の概念がなんでもかんでも新しい、というようなイメージを持ちがちですがそんなことはありません。西洋人は論理的に考え、論じることが得意で、たまにバランスのとれたすばらしい本がでてきます。

 しかし、基にあるアイデアは、東洋からのものが多々あります。それを新しい発見のように大胆に発表することが西洋人は得意だと感じます。余談になりましたが、西洋人の視点から見ると東洋的な自然な考え方をより神秘的と感じるようです。西洋ではこれまでに上記してきたように、自然治癒などの概念に注目してきませんでしたが、今ようやく人が持っている潜在的な治癒力を引き出すことへの感心が少しずつ高まりつつあります。

 これから先の時代は、西洋医学の利点を生かしながら中国医学やインド医学など各国の伝統医学、心理療法、自然療法、栄養療法、運動療法、などの各種代替療法を総合的、体系的に選択、統合し、最も適切な治療を行うといった、バランスや調和を考えた医療が次々と公に登場することが予想されます。

 悪くなってから病気を治すのではなく、その根本である自分のあり方、生き方に焦点も当てられていくでしょう。聴覚を使ったミュージックヒーリング、視覚を使ったカラーセラピー、臭覚を使ったアロマテラピーなど五感を使ったヒーリング方法もこれからますますさかんになっていくと思われます。

 また、今までの療法に加え、第六感に焦点を当てた、瞑想、気、オーラ、高次元からのエネルギーなどのエナジーワーク、いわゆる目に見えないエネルギーに焦点を当てた療法も次々と台頭し、定着してくることでしょう。

 日本もアメリカの後を追う形になると思われますが、元々文化的にホリスティックの概念を受け入れる下地がありますから、庶民的にそれらが広まるのはアメリカより案外早いかも知れません。早いと言ってもこれから先まだ10、20年くらいはかかると思われますけどね。

 ただし、日本の制度については保守的な考え方が蔓延しているので、ホリスティックな医療が制度として国家的に正式な医療として認められることは今のところ考えられません。しかしながらもしかすると、日本人の東洋的独特のアイデンティティーが良い形ででてくるかもしれません。

 今日は従来の西洋医学と東洋医学を比較し、新しい医療のあり方を考察してみました。上で触れた新しい医療のあり方については、今はまだごく少数でしかないかも知れませんが、草の根的にすこしずつ確実に広まりつつあります。コロラド州ボルダーにいると、広い視野からヒーリングについてのビジョンが見えてきます。これからは統合の時代です。

 古き良き伝統医療と、今ある科学的、心理的療法、そして新しい概念を携えた療法を、偏見の入る余地なく昇華し、統合させる時代なのです。新しいヒーリング時代は、ついこの間始まったばかりです。
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2005.03.29 01:07 | 哲学チックなこと | トラックバック(0) | コメント(0) |

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