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Being Present ~今という瞬間にいること~

Integtative Bodywork で「ただそこでクライアントと共にいる状態になること」について少し触れました。この「Being Present=今という瞬間にいること」について学んだことがあります。

 セラピストなら誰しも思うでしょう。「このクライアントによくなってほしい。」「症状に改善が見られるといいなあ。」この反応は人として正常ですよね。しかしながら、一般に人々が使う「よくなる」、「改善される」という概念を、異なった視点から見てみるのも一つの良い機会だと思います。
ホスピスで死を迎えようとしている方々には、「病気が治癒される」という概念の「よくなること」「症状の改善」が通用しません。ホスピスは、末期の病状で死を直前に迎える年配の方達が滞在する施設です。約90パーセントの方々が2ヶ月以内に、死を迎えるそうです。僕はここに、インターンシップで通っていました。

 それでは、死というものに直面している患者さんを迎えるときに、「治癒」とは何を意味するのでしょう。ただでさえ苦しさと戦っている患者さんには「良い一日を送ってくださいね」という声すらかけることすら難しいのです。ましてや「頑張って」「早く良くなってくださいね。」「きっと良くなりますよ」などの言葉が、かえって無責任に聞こえます。場合によっては、「よくなってほしい」という概念を押しつけることは、治癒という物差しで測った、自分の勝手な考えにもなり得るのです。「治癒」=「病気や怪我が治ること」という言葉が、ホスピスでは快適な居場所を見つけることができません。

 治癒の概念が通用しない場合、セラピストには何ができるのでしょうか。それが「Being Present」=「患者さんと共にその場、その瞬間にいること」だと思います。患者さんは、たくさんの痛みと、不安を抱えています。そして、「生」の対極にある「死」を受け入れるというプロセスから、その人生最後の大きなライフレッスンを学んでいます。それと同時に、患者さん達は「安らぎ」を求めています。その「安らぎ」を与えられるのが、「人の愛情」です。タッチは心身共にそれを運ぶ、一つの強力な媒体になります。

 何時死を迎えるかもしれない患者さんと向き合うと、特に「今という瞬間」が浮きだって際立ちます。何も考えず、感覚を研ぎ澄ませ患者さんに全身全霊を持って耳を傾けます。その場所で、その瞬間に、その人がどのような安らぎを求めているのか。それを感じながら、自分のタッチに乗せて患者さんに運びます。

 余計な考えをもたないで、自分が空っぽなときに、思いやりというエッセンスが内側から溢れてきて、自然にタッチが柔らかになります。タッチのペースはとてもゆっくりになり、呼吸も深くゆっくりになります。目を閉じて、手を通して患者さんの全体を感じます。また患者さんの体はとても敏感なので、自分が質問をしたいと感じたら、実際によく聞くことも非常に大切です。コミュニケーションも自然に多くなります。

 ある週明けの日に、いつものようにホスピスに行くと、その先週末にワークした患者さんが、前日お亡くなりになった、ということを聞かされました。「今度の火曜日が次のシフトだから。」と言って先週別れたのですが。力が体全体からスッと抜けるのが分かりました。その患者さんは、僕とのセッションをとても楽しんでくれました。そして僕の圧が痛みをやわらげてくれると、とても感謝してくれていました。僕もとても楽しめました。フレンドリーで、優しく、人を楽しませてやる気にさせてくれる人柄は、彼がもっていた人徳だったなあと感じます。彼は、彼の生徒達が絶えずお見舞いにくるフットボールのコーチでした。そのコーチが数日前居たのに、今はそこに居ない。なんともさみしく、言葉では表せない不思議な感覚でした。

 今、僕は自分のワーク、そしてワークの効果には何も期待しません。クライアントと共にいて、聞いて、その場、その時に、愛情を込めてベストを尽くします。クライアントが持ち帰る準備ができているものを、クライアントがきっと持って帰ってくれると信じて。後からクライアントからうれしいニュースを聞いたら、その時が一番うれしいかな。

 そして、「~しようとする」のではなく、「ただ在る状態」になったときに、自然にやわらかいタッチ、深い呼吸、に変わっていました。これを「やってみよう、してみよう、注意しよう」と思っていたときには、うまくいきませんでした。

 ただ、この在る状態、100パーセントクライアントと共にいるためには、とても精神が静かで、研ぎ澄まされている状態が続くことになります。普段からこれをしようとすると、今はまだかなりの集中力が要ります。油断すると、雑念が顔を出し、とぎれることもしばしばです。在る状態を自然に保てるようになるまでには、まだまだ自分を磨いていく必要があります。

 ホスピスでのワークを通して、「Being Present」「今この瞬間にいること」の大切さを学びました。この経験がIntegrative Bodywork の理解を深め、またそれが僕のワーク全体をやわらかなものにしてくれました。死と対面することは、生をより深遠なものにしてくれるものだと感じます。
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2005.12.14 16:41 | 生と死 | トラックバック(0) | コメント(1) |

コメント一覧

なんだかきっとmomoさんみたいにここに書き込みしたい人がいっぱいいるのに、私でいいんだろうか…と思いつつ。

私も頭では理解してるし、常に思っている事でもあるけれど、やっぱりそういう経験をしている人は強いと思う。

being presentは、ボディーワーカーとしてだけじゃなく、人生でやっぱり一番大切な事と思うの。この前もメールで話したけど。生きてたら人に向き合う事って多いもんね。

けーじくんは、前にいる人の為にpresentでいる事が必要だと学んで、私は、自分と向き合ってそれを知った。presentになれないと、自分がわからなくて流されちゃう。presentにならないと本当の自分を見失っちゃって、結果目の前にいる人と本当の意味で向き合えない。みんな、いろいろな方法でこういう事感じるんだよね、きっと。

私が何かミスをしたり物をなくしたりする時は確実にpresentじゃないからね~。なかなか難しいよ。でもっ、ワークしていく上で、特にバウンダリーを守る為に、すごく大切な事だから。これから人生かけて学んでいかなきゃ。

そして、presentになるには自分の好きな事をしていないと、自信持てる事をしていないと、今を生きていないと私はできない。やっぱり後悔のない日々を送らなきゃ!

いつも胸にしみる話(心にしみる?)ありがとう。

2006.08.28 16:49 URL | yuki #- [ 編集 ]

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