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My Graduation~卒業~12/17/05

一つの大きな大きな節目がやってきた。今日は僕の卒業式だった。この卒業式は、僕にとって大学の卒業式よりも遙かに重みがあった。なぜなら、自己実現のために自らが決心したことに、自分の人生をぶつけ、多くのチャレンジを乗り越えて、そして実を勝ち取ったからだ。大学生の頃には、自分の人生に対して全責任を持っていなかったと、今になって思う。
 朝、起きると寒さがこたえた。これはいつものことだけれど、さらにいつもよりも寒かった。外は雪がパラパラと降りだしていた。

 今日の主役はクライアントではなく、僕自身だ。この日を待ちに待っていた。アメリカに来て、初めてのスーツとネクタイ姿。この日くらいはオシャレしてビシッと決めたいと、日本から持参していたものだ。

 朝はいつも通りばたばたしていたので、学校に着いても、卒業式という実感がしてくるまでに少し時間がかかった。緊張する気はなくても、僕の体は自然に緊張していた。体は正直だと思う。うれしいのだけれど、顔がひきつっていた。のどがすぐにカラカラに乾いた。そんな感覚は何時以来だったろう。記憶にないほど随分久しぶりのことだった。クラスメート達と共に、入場を待つ。会場ではバイオリンの生演奏が流れる。いよいよ入場だ。 

 半年前、旧クラスメート達の卒業式に聴衆として参加したときに、僕も早くあそこに立ちたいと思った。みんなが輝いて見えた。そして、僕も今、ついに、その場所に辿り着いた。卒業生の家族、友達、先生方、関係者の方々が、スタンディングオーべーションでの拍手で迎えてくれた。いよいよだ。

 拍手のアーチをくぐり抜け、自分の席に座る。自分達への拍手って、気持ちいいなあ。卒業式は、プレジデントの話から幕を開けた。学校の創立者も来ていた。その方々の話を経て、僕たちが選んだ先生の、話に移った。ときおり見せる先生の涙声に、思わずこちらまで涙がこぼれそうになった。泣いているクラスメート達もいた。笑いあり、涙ありのすばらしいスピーチ。「ああ、今日僕は卒業するんだ。」と実感が沸いていた。

 クラスメート代表の2人のすばらしいスピーチの後に、卒業証書授与。いよいよ僕の名前が呼ばれ、生徒や先生達、一般の方々の目前の舞台で卒業証書をもらう時がやってきた。とてもどきどきした。

 このどきどきは普通のどきどきではなかった。名前を呼ばれるときに、僕がどうしてもこだわりたかったことが一つあったからだ。それは優秀者に贈られる、「名誉学生」として卒業することだった。名誉学生として良い成績を残した生徒には、名前を呼ばれるときに、名前の前に「With Honor」が付くのだ。僕の名前は果たして「Honor」付きで呼ばれるのだろうか。

 満点の評点が4.0。Honorで卒業するためには、3.9平均要る。ほとんどすべての課目で「A」を取る必要がある。これは、アメリカ人の生徒でもとても難しい。Honorで卒業するのは、上位、2割弱くらいではないだろうか。僕は、前学期までで、評点平均が3.88だった。この数値は僕の英語力からいうと、奇跡に近い。テストの時には、落とすか、良い成績のどちらかしかないと思って、いつも必死に勉強していた。たくさん提出物はあったけれど、いつも誰かに文章をチェックしてもらってから提出した。ネイティブスピーカー達の何倍もの時間をかけたと思う。その結果がこの数字に結びついた。そうして、今学期が終わった時点で、3.9まで届くことができるかどうかの節目だった。結果は知らされていなかった。
 
 そして、僕の名前が呼ばれた。「With Honor, Keiji Takada.」 “っっっ!やったっ!!”この瞬間を待ってましたっ!心の中でガッツポーズ!みんなの前で、この一言が聞きたかったのだ。語学のハンデ、文化の違いを理由にはしたくなかった。ゼロから学んだ海外からの学生でも、アメリカ人に負けないこと、同等、それ以上にやれることを見せたかった。いつも高い壁がそびえ立ち、つらくて仕方なかったことがたくさんあったから、なおさら譲りたくなかった。先生方、僕をよく知っている友人達、学生達は、この名誉付き卒業のしんどさを分かってくれているから、その公の場で、「Honor」として呼ばれること。これが僕の金メダルだった。それが叶った。みんなの驚きと喜びの顔が見えるようだった。

 涙はなかった。安堵感と達成感で僕の胸はいっぱいになっていた。

 プログラムも進み、卒業式もクライマックス前に、もう一つの表彰があった。それは、インターンシップとコミュニティーサービスに、卒業生の中でもっとも多く時間数をこなし、一番貢献した生徒2人、(昼間と夜間の学生に一人ずつ)、に贈られる特別賞だった。それに僕と、もう一人の生徒が選ばれたのだ。

 僕は卒業式の朝にそれを担当するスーパーバイザーからこのことを知らされた。一人一人壇上に上がって表彰されるのだ。そして再び、皆の前に呼ばれることになった。名前が呼ばれたとき、緊張で心臓が飛び出るほど、バクバク大きな音を立てていた。今度は自分一人を表彰する舞台だ。皆の前で、どんなインターンシップ、コミュニティーサービスをやったかと、僕の簡単な紹介がされた。二年半前にセラピストになるために、日本からアメリカへやってきたこと。その時には英語が話せなかったこと。ささやかなざわめきが聴衆の中に起こった。

 こうして僕の卒業式の幕が閉じた。卒業式の後、先生方がわざわざ挨拶しに僕のところまで来てくれた。僕の尊敬する先生も来てくれた。「アメリカの生徒達の時には、普通に拍手してたけど、けーじの時には、先生達、涙流してたよー。」とジェスチャー混じりで教えてくれた。一般の方々からも、声をかけてくれたり、握手しに来てくれたりする人がいた。友人、クラスメート達も祝福してくれた。たくさんの人に、「僕をとても誇りに思うよ」との言葉を頂いた。いっぱいギュ~ッと心のこもったハグを交わした。僕の達成を心から祝福し、喜んでくれた皆の笑顔が、心の中の宝物になった。あの笑顔は、一生忘れられないだろう。


 「英語がしゃべれないまま、アメリカを訪れてから約2年半。わずか10ヶ月の語学学習後、アメリカで、「マッサージセラピー教育のハーバード」と呼ばれるBoulder College of Massage Therapy に、それとは知らず飛び込んだ。飛び込んだのはいいが、以後、自らの予想をはるかに超えた数々のチャレンジと向き合うこととなる。それでもたくさんの人々に支えられ、今ようやくセラピストとしてのスタート地点にたどり着いた。これからもこんなチャレンジが続くのだろうか?という疑問を抱えつつも、自らの直感に従って、不器用にも前進し続けるのだろう、と思う。いつか時がきたら、ゆっくりのんびり過ごせる日々を夢に見て。」

 2005年12月17日、土曜日。Boulder College of Massage Therapy、1085時間のプログラム を名誉学生(With Honor)として卒業。Honora Wolf Community Service Award 受賞。

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2005.12.22 00:14 | 経験からのお話 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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